ヤフーブログの過去記事で投稿の練習と編集・これは秋葉原大量殺人事件のとき思ったこと
子育ても終わったけど、
「こうしよう」と思って「こう育つ」なんてことないわよね、
我々人間だって大自然の一部なんだから。
本能だけで生きてて統率がとれていそうな蜂や蟻だって怠けてるやつがいるという。
叱りすぎれば萎縮するっていうし、 甘やかせば我が侭になるし。
この間読んだ村上春樹氏の「約束された場所で」では、
オウムに走った人達にインタビューして最後に河合隼雄先生と 対談してるんだけど、ちょっとヒントになるフレーズがあった。
悪から出た殺人は人数が少ない、 善から出る殺人(教義からくるものや戦争)は多人数になるものだって。
「善か悪か」というものは個々が生きて経験を積んで行く中で 曖昧に保ちつつ常に考え続けて行く性質のものだ、とかなんとか。
まあ確かに親が地位的に立派だったりすると、 教育方針が白黒善悪はっきりつけられすぎてまだ未熟な子供は 息が詰まってしまうかもしれない。
まして、成績のためにテレビもゲームも友達との遊びも禁止されて やれあそこの学校がいいの、習い事がいいのとわざわざ遠くまで通わされ・・ ではなにをかいわんや。
親なんて全知全能でもなんでもないのに よくそんなことができるよね。
「あなたのためだ=善」と思ってしていたことが、 思いのほか本人を1番深く傷つけていたなんて皮肉だ・・。
我が家の場合、もう「人社会で基本的にしていいことといけないこと」を 教える時期は過ぎてしまったので・・・「善悪には時と場合ってもんがある」ってことだけ、
ちょっと教えとけばいいかなあ、
あとは自分で考えてね(笑)。
どんなに苦しくても考えつづけてね。